日記
クリエイティブな仕事をするには孤独な状態で、突き詰めて考える事が最適だと言う。
確かに作家や著名な科科学者、哲学者は書斎で研究室で思索の散歩道で風呂の中で素晴らしいアイデアや考え方を捉えたイメージがある。
自分でも、考え続けている事について、夢の中や風呂のなかで不意に素晴らしいアイデアが浮かんで来ることがある。
孤独だから、自分の内面にあるいくつかの箱をちょっと覗く作業が出来るようになり、その何個目かにピッタリのものが見える気がする。
私は見知らぬ外国の道を歩くのが好きだ。怖いから地図に載ってる判るところに出たいんだけど、また別の路地を覗いて進んでみたくなる。
判るところに出るまでの間、知ってる人も居る筈がない初めての土地で完全に孤独だが、思索に耽ることはない。果たして出られるのか、このままぐるぐると歩き回るのか?
それでも、私は初めてここに来た旅人ではなくて、この近くに住んでいる東洋人、道に迷ったわけではなくて向こうの友達の家に行くところという雰囲気を何とか出しながら歩こうと意識している。
自己の内面と深く語らう、傍から見たらぼんやりしている老人に見えないように意思し、懸命に演じながら歩いている。
海外のホテルの部屋の中でも、完全に孤独だが歩き回ってへとへと、明日のスケジュールが早ければのんびりも出来ない。
写真の整理、明日の電車、ルート、簡単な旅日記をPCに書いていると知らぬ間に寝入っている。
夢も今日見た路地や花や絵が浮かぶだけだ。
一人旅でも、折角の孤独の使い方は難しい。
2018年5月28日